広告

若手芸術家を支援、ワイエスなど豊富なコレクションを収集 丸沼芸術の森(朝霞市)開設から40年 記念展示と対談 須崎勝茂代表、河明求氏

 朝霞市の丸沼芸術の森は、若手芸術家にアトリエを提供するなど支援し、村上隆など著名な作家を輩出してきた。またアンドリュー・ワイエスなどのコレクションは高い評価を得ている。丸沼芸術の森は、須崎勝茂代表(丸沼倉庫社長)が1985年に設立し、昨年40周年を迎えたのを記念し、朝霞市博物館で「丸沼芸術の森コレクション-その歩みと続く夢 創立40周年を記念して」(2026年4月25日~5月24日)と題する展示会が開かれている 。
 展示会に合わせ、須崎代表と丸沼芸術の森の芸術家でありディレクターの河明求(ハ・ミョング)さんの記念対談「支える人と創る人」が4月25日に開かれた。以下は対談のあらましである。対談では、ワイエス、村上隆、佐藤忠良、加藤孝造らとの交遊など、興味深い話が明かされた。
[朝霞市博物館の展示と同時に、丸沼美術サロンで「マルク・シャガール展-オデュッセウスの歌」(4月21日~5月30日)、丸沼芸術の森展示室で「丸沼芸術の森コレクション 素描展─描線の先へ」(4月25日~5月14日)が開催されています]

須崎勝茂代表
須崎勝茂代表
河明求氏
河明求氏

設立のきっかけ、榎本洋二氏に陶芸を習う

 40周年を迎え、設立から今まで丸沼芸術の森を率いてきた須崎代表に、昔話から未来の話まで生の声をお聞きしたい。まず設立のきっかけは。

須崎 ある時祖父が、「これから高齢化社会になるから趣味がないと面白くない。年をとってからでは難しいので今から何かやるように」と言う。何をやろうか、陶芸を始めようと考え、東京芸大の先生を紹介してもらい、教えてもらったが窯焚きがうまくいかなかった。その後3年たったら榎本洋二氏が若い人2、3人とやってきて、学校卒業したが勉強、制作する場所がないと言う。それではと、土地に中古のプレハブを買って建てたのが始まりです。 

村上隆との出会い

 榎本洋二先生は長く丸沼で活動し、現在丸沼陶芸倶楽部の代表です。榎本さんからの紹介になるかと思いますが、今や世界的なアーティストの村上隆さんとの出会いは。

須崎 榎本氏は本郷高校から芸大、村上隆も本郷高校から芸大。榎本氏がある時芸大に面白いやつがいるから見に来てくれないかと。行ったら、村上隆が博士課程卒業して作品が37点あるのでそれを買ってくれと言う。榎本氏に「こんな絵なら俺にも描けるよ」と冗談を言った。村上隆はその時2つ約束した。一つは芸大の日本画の初めての博士になる。もう一つは世界の3本の指に入るアーティストになる。それを夢中で真剣な顔をして言う。たまにはこういうところでお金を使うのも大事かなと思い、それ僕が持った。

 村上さんは2つの約束を守ったわけです。今や現代美術で商業的にも成功したアーティストを数えると世界の3本の指に入りました。

「絵でも何でも人を育てるのが大事」の言葉 波多野泉沖縄県立芸術大学学長

 丸沼出身者には、教育界で活躍している人もたくさんいます。その中で今回展示で紹介されている波多野泉さんについて、波多野さんが恩返しをしたいと言った時、代表は「次ぎの誰かを育ててくれれば」とひと言言ってくれたそうですが。

須崎 子育てが下手な動物は人間だと思う。人は感情があるから後継者作りが難しい。 しかしやっておかないと代が続いていかない。絵でも何でも人を育てるのが大事と、波多野先生に申し上げた。

波多野泉作品
波多野泉作品

 波多野先生は、その言葉を胸に刻んで今や沖縄県立芸術大学の学長を務めています。

芸術家を育てるには本物を見せようとコレクション

 2番目の質問。丸沼芸術の森には5600点以上のコレクションがあります。なぜコレクションを始めたのですか。

須崎 芸術家を育てるには本物を見せようじゃないかと。ではどうして芸術家を育てようと思ったか。これから子ども達に残していく財産としては、人として育つ環境が大事。文化芸術が根づいていないと人が育つ環境ができない。芸術が育つにはやはり日本画、洋画、版画、陶芸などジャンルで本物を見せる必要があるのでは。本物を見せるにも完成された作品ではなく、それまでの習作、過程の方が勉強になる。その時にワイエスと出会った。

アンドリュー・ワイエス オルソンハウスに招かれる

 ワイエス夫妻と須崎代表が並んで写っている写真が残っています。これはいつどこで、撮られたのですか。

須崎 1997年だと思う。場所はオルソンハウス。その2年前にワイエスの絵238点を持ってくれないかという話があったが、いろいろあって断った。そしたら2年後にひょっこり来て「須崎さん持ってくれないか」と。私はその時ワイエスをよく知らなかった。加藤孝造氏は絵も好きなので「ワイエスが売りに来ているがどうですか」と聞いたら「若手の勉強になるから持ってやってくれ」と。それなら持とうかと、アメリカに行き、倉庫に入って238点全部チェックした。そしたらオルソン・ハウスに来てくださいと言う。

 オルソンハウスに行ってロブスターを食べていたら ワイエスが明日天気だったらワイフを連れてくると。ハウスの前で3人で写真を撮った。その時「なぜ238点もの水彩素描を買うんですか」と聞かれたので、僕は「あなたの絵を見ることで日本人の多くが心安らぐ。若手の芸術家を育てるためにあなたの絵がどうしても必要なんだ。だからお金を出してお預かりするんです」。ワイエスは「グレイト」と言って立ち上がった。こうしてワイエスとの交流が始まった。

 ワイエスはオルソンハウスを長年描いて、アメリカのリアリズム作家として認められますが、そこに至るまでの習作が丸沼にあり博物館にも展示されています。ワイエスはその後手紙を須崎代表に送ってきました。作品を買ってくれた方というより親友に送るようなあたたかい手紙です。

須崎 絵はアメリカで描かれた。絵も実家に帰りたい。3年ほど前私の費用で、30点ほど送って里帰り展を開いた。これもワイエスとの約束です。

 今東京都美術館で今アンドリュー・ワイエス展が開かれており(4月28日~7月5日)、丸沼のコレクション50点が紹介されています。

佐藤忠良 彫刻のコレクション

 佐藤忠良について。なぜ彫刻のコレクションを始めたのか。

須崎 丸沼の若手芸術家数人とパリに行き、ブールデル美術館に立ち寄り、彫刻に興味を持った。帰ってきて聞くと日本では彫刻の第一人者は佐藤忠良だと。先生の作品は少ないが、代表作が不思議に集まってきて今10点以上、デッサンも200以上あります。

佐藤忠良氏と須崎代表
佐藤忠良氏と須崎代表

加藤孝造の歴史を持つ

 加藤孝造先生とは長いお付き合いのようですが、どういうご縁だったのですか。

須崎 私は、志野焼をやってみようかと思ったが難しくて、三越池袋店に行って志野焼のいい先生いないかと聞いたら加藤先生だと。日本橋で個展やるというので、「では一番いいの取っておいて」と買った。個展の日先生にこれ買いましたと言うと、色紙を送ってくれた。それからアトリエに遊びに行き、「コレクションさせてください」と頼んだ。私が申し上げたのは、「誰か歴史を持っている人がいなかったら作家として淋しいでしょう。先生の歴史を僕が持ちます」。先生の初期から晩年まで、ほとんど名品は預かっています。

 加藤先生は2023年に亡くなり、葬儀に須崎代表は友人代表として泣きながら挨拶された。私も感激しました。

2000年代から現在まで、丸沼で実際に活動をしている作家 山本靖久

 2000年代から現在まで、丸沼で実際に活動をしている作家について。山本靖久さんも長年活動をしてきました。

山本靖久「深き眠り」
山本靖久「深き眠り」

須崎 この先生は今武蔵野美術大学の副学長。おだやかな人です。

広告

国内外で活躍する入江明日香

 入江明日香さん。本人から聞きましたが、最初丸沼に入りたくても社長が冷たかったそうですが。

入江明日香「衣笠草」
入江明日香「衣笠草」

須崎 最初は女性はダメだということにしていて断った。それでも入れてくれと言うので、それでは(アトリエを使うのは)遅くとも8時まで、それ以降は両親か誰かいないとダメということで了解した。

 入江さんは丸沼で20年くらい活動し、国内外で活躍しています。現在日本橋高島屋で個展を開いています(5月6日まで)。

大橋博 「夢の鐘」

大橋博「フニャ子」
大橋博「フニャ子」
夢の鐘
夢の鐘

 大橋博。左は代表作フニャ子。右チラシにもなっている丸沼芸術の森の庭に建っている夢の鐘です。どういうエピソードがありますか。

須崎 この先生は今東京造形大学で教授をやっています。変わり者。モニュメントは最初木製でしたが、壊れたので2人で企画して造った。

河明求 「ぽぽたん」の原作者

 僕の作品。僕は昔の伝説を空間、モノとして表現している。主な素材は焼き物。なぜかというと、ゼロポイントからスタートするのが好きで焼き物は何もなかった空間が創られていく魅力を感じている。写真は2019年、韓国のロッテの本店で個展を開催した時。丸沼の皆さんに応援団として来ていただいた。

河明求作品
河明求作品
河氏、ロッテ本店で個展
河氏、ロッテ本店での個展時

須崎 河さんは朝霞市のマスコットキャラクター「ぽぽたん」の原作者。丸沼で勉強している人たちの発表会の際、市役所の人が河さんに朝霞市のキャラクターを創ってほしいと。普通ならこういうものは著作権とかある。河さんはすべて市に寄付した。

河氏ぽぽたん制作
朝霞市のマスコットキャラクター制作(左は富岡前朝霞市長)

国際交流、国際アーティスト・イン・レジデンス

 国際交流、日韓交流が始まります。

須崎 20年くらい前にフランスと国際交流をやったことがあり、4年やったが、そこでワイエスが入ってきてやめた。しばらくして河さんとの出会いがあった 今度は韓国との間で僕が責任を持つからと始めた(丸沼芸術の森国際アーティスト・イン・レジデンス)。我々は個人だが向こうは国が出てくる。

 プログラムは来年で10年になり、去年までで韓国の21名の若手が修了した。年を重ね今は参加するのに競争率が高い。写真は、日韓関係の一番悪かった文・安倍時代に当時の文化大臣と社長が握手している。

韓国文化大臣と須崎代表
韓国文化大臣と須崎代表

須崎 政治はああだこうだと立場があるが、文化芸術はそういうことがないから両国の橋渡しをやろうじゃないかと。

これからの丸沼の3本の柱は、①コレクション、②国際交流、③若手作家の育成

河 これからの丸沼について。僕の方から説明させてください。

 30周年のチラシを見ると、アトリエの建物もすごく古かったですが、去年12月に新築しました。未来に向けて、丸沼で制作してくれる人を今回審査委員会を設け3名選んだ。

丸沼芸術の森アトリエ
丸沼芸術の森新しいアトリエ

 これからの丸沼の3本の柱は、①コレクション、②国際交流、③若手作家の育成。そうしていけば、世界的な機関になり世界的な人たちを育成できると考えます。

丸沼芸術の森ホームページ

「アトリエを提供し芸術家を支援 コレクションを地域に公開 丸沼芸術の森  須崎勝茂氏」(2007年インタビュー)

「「丸沼芸術の森」に滞在、今最も注目される韓国人陶芸家、河明求氏  朝霞市のマスコットキャラクター「ぽぽたん」の原作者」(2022年インタビュー)