歴史

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板橋を横断する石神井川 水車を動力源に工場立地 かんがい用水を供給

石神井川は、板橋区を西から東に横断する。川幅はそれほど広くないが、歴史的に重要な役割を果たしてきた。台地部でのかんがい用水として役立ったほか、水車を動力源とし軍需工場が興り、板橋の産業発展の拠点となった。元都庁勤務で、現在板橋に住み、『水辺...
おすすめスポット、お店

歌姫・本田美奈子の 想い出展示 本田美奈子ミュージアム (朝霞市)

2005年、急性骨髄性白血病により38歳という若さで亡くなった歌姫、本田美奈子.さん。1980年代にアイドルとしてデビューして以降、ロックバンドから、ミュージカル女優など、様々なジャンルで活躍をしてきた。そんな彼女が生涯の大半を過ごした土地...
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板橋区の下頭橋 乞食の六蔵と 不思議な物語

東上線大山駅から賑やかなハッピーロード商店街を抜け国道254号に出てすぐに右に折れると旧川越街道に入る。しばらく行くと、環七通り手前、石神井川に下頭橋という変わった名の橋が架かっている(通りの通称も下頭橋通りだ)。橋には、江戸時代寛政年間に...
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川越街道・ 松平信綱と平林寺(3) 川越城主が常用した下練馬宿、 旅籠屋跡が残る白子宿 小泉 功

下練馬宿(練馬区・当時は村) 当宿は、上板橋宿より26町(2834m)の所にあって、現練馬区内で唯一の宿場であった。練馬白山神社の地域と共に、最も人家が密集していた地域である。下練馬宿には、板橋方面から通称〝ねりま横丁〟といわれる道が通じ...
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高島秋帆 独自の高島流砲術(西洋流砲術)築く 「高島平」の地名残す

  高島秋帆(しゅうはん)は、鉄砲を撃つ方法、砲術の専門家で、独自の高島流砲術(西洋流砲術)を開発し、幕末期に活躍した。天保12年(1841)には、徳丸原(現在の高島平)で大規模な調練を披露した。その史実を踏まえ「高島平」の地名が生まれ、板...
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製紙王大川平三郎  坂戸の偉人 郷土に多大な貢献 渋沢栄一の娘婿

NHK大河ドラマ「青天を衝け」で、青年期の渋沢栄一や従兄の尾高惇忠らが剣術の稽古をする様が描かれた。師だったのが、坂戸で神道無念流の道場を開いていた大川平兵衛だ。平兵衛の孫大川平三郎は渋沢栄一の娘婿。渋沢を頼って後の王子製紙に入り、製紙業を...
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川越街道・ 松平信綱と平林寺(2) 川越街道の道程 小泉 功

川越街道が完備するのは、松平信綱・輝綱の時期で、平林寺が岩槻から新座の現在地に移転するのとほぼ同じ頃である。この街道の里程については、榎本弥右衛門の『萬之覚』に川越藩主松平輝綱(信綱の孫)が1655年に距離を測った記録が記されている。 ...
中世・武蔵武士

文武にすぐれた戦国武将難波田弾正、その子孫は江戸期には旗本難波田家、維新で戊辰戦争にも参加  難波田氏800年の歴史

戦国時代の武将ある難波田弾正善銀は、現在の富士見市南畑にあった難波田城を拠点にしていたとされる。難波田氏は源平合戦で活躍した金子十郎の一族を祖とし、難波田弾正の子孫は江戸時代には旗本になり、現在に至るまでいろいろな分野で活躍している。今年は...
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飯能の歴史 飯能戦争には渋沢栄一の縁者が参加 天覧山は明治天皇ゆかりの山

埼玉県の西のはずれ、入間川と高麗川が流れ、北西に外秩父山地が控える飯能市。市街の背後に立つ天覧山は200mに満たない低山だが、眺望がよく、明治16年には明治天皇が近衛兵の演習視察で登っている。明治維新時、麓の能仁寺を含む町が飯能戦争の舞台と...
中世・武蔵武士

ふじみ野市亀久保の 三上家

戦国時代北条氏の家臣として松山城、鉢形城で戦い、江戸時代亀久保から所沢まで開墾 ふじみ野市の旧川越街道沿いに亀久保という地域がある。同地の旧家、三上家は近江(現滋賀県)の出で戦国時代北条氏に仕え、徳川の時代になり同地を含む広大な武蔵野地域...
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