「サラリーマン近代5種」という言葉があったのをご存じだろうか。囲碁、将棋、麻雀、競馬、花札の5種類のゲームや賭け事のことを指す。これらゲームは、昭和の時代に最も盛んだった。主に会社勤めのビジネスマン(かつてはサラリーマンと呼んでいた)が昼時や退社後、休日などに楽しんでいたし、今も少数派ながらいるのではないか。私も会社勤務の経験があるから、5種類のゲーム・賭け事は当然ことながら知っていたし、実際に楽しんだことも数えきれないほどある。5種のゲームのうち、私が最も親しく接したのは囲碁である。職場内では少数派かもしれない。退職後の今も、市内の同好会に入会して週に1~2回、対局を楽しむほか、最近はインターネットでの対局もするようになった。
囲碁は誰が考案したのだろう。将棋や麻雀は中国、競馬は英国、花札は日本と推測は出来るが、その先には進めない。囲碁も同然。数学の才で知られるインドではないか、などと思ったりするが、当然のことながら何の根拠もない。多くの国民が日々楽しんでいるスポーツが、その起源のはっきりしているのと対照である。囲碁は右の方を打つか、左側の方か、上の方かによった次の展開が違ってくる。それらを全てカウントとしたら、この手数はこの宇宙の星の数ほどあるという。将棋も同様。だから、囲碁には初手から終局まで、全く同じ着手になることは1局もないそうだ。
そういった頭の痛くなる課題はさておき、今回は私の好きな囲碁にまつわる思い出話をご紹介したい。先ずは自分が勝負には勝っているのに、負けを宣言してゲームを終えた話。囲碁は対局相手の石を盤上から取り去ったり、自分の陣地を囲い込み、最終的にその多寡で勝敗を決めるゲーム。ある年、日本棋院(囲碁の普及・宣伝活動や多くの棋戦を主催している団体)の主催する大会(5人1組の団体戦)で、私の打つ手がどういうわけか冴えわたり、終局を待たずに相手が投了(終局を待たずに負けを認めること)してもおかしくないという形勢のゲームがあった。こうした時に投げる(投了)するのは、囲碁の世界ではごく当たり前のことだった。それがマナーとさえ思われている。
囲碁は、将棋もそうだが、形勢不利で負けが必死、挽回は不可能と判断した場合、最終手を待たずに負けを宣告し、終局することが結構多い。先に触れた日本棋院主催の大会でも私は当然のことながら、そうなるものと思っていた。囲碁界では負けが分かっているのに、いたずらに打ち続けるのは時間の無駄、美学に反するとの考え方が定着している。マナー違反に近いとみる人も結構多い。ところが、私の対局者は投了せず、対局の継続を望んでいるようだった。
相手方の行動は、ルール違反をしているわけではないので、この対局は最終手までいくはずだった。だが、私は着手の頃合いを見て「はい、負けました」と言って投了を告げた。後日、囲碁仲間との雑談の中でこの対局のことを話したところ、皆からとても面白がられた。「勝っているのに、投げることはない」「団体戦だから、勝ちを一つ減らした」「対局相手は囲碁が分かっていない」「面白いことをするね」といった具合に話が盛り上がった。当の私は、教育的指導などをするとか、対局に熱を失くしたというわけではなく、こうしたら相手はどう出るかという、ちょっとしたいたずら心からだった。同時に、相手に申し分けないことをしたと思う気持ちに駆られたが、いずれにせよ記憶に残る1局ではあった。
アマチュアにとって、囲碁や将棋のプロ(棋士)に指導を受けられるということは、無上の喜びである。とりわけ、高段者とか著名プロの指導碁なら、なおさらだ。アマチュアなら天にも上る気持ちとなる。私が打っていただいたのは,高名プロで、後に日本棋院の理事長となる人だった。囲碁界で顔の利く人の引き合わせによるものだった。囲碁では対局双方に力量差がある時、その差に対応してハンデを付ける。盤上に、下手が石を何子か置く。私は対局に先立ち、盤上に4子を星印に置いて対局を始めた。4子の置石は相手からもらうハンデキャップ。プロに4子置くなら、アマ高段者とみなされるが、これはプロ側の配慮。あまり置石を多くしたら、対局の面白みを欠くという理由からだろう。プロが本気を出したら、囲碁初級者並みに星目(盤上の9カ所ある星印)を置いても勝てないかもしれない。
対局結果は、言うまでもなく私の負け。この対局はもともと、勝敗を争うのではなく、アマに手ほどきするというのが趣旨。だから、盤上での戦いもさることながら、私の着手についてプロがどういうコメントをするかにも大きな関心があった。「私の棋力はどの程度ですか」「良い手ありましたか」と聞いてみた。「あなたの碁には距離感がありますね」というのがプロの答えだった。その局の中盤で私が盤の中央近くに打った、他の石からかなり離れた手を指して言った手。距離感という言葉を、私は部分ではなく、盤面全体を見ながら着手していると勝手に解釈し、その言葉を金言として大会や仲間内の対局で自分に言い聞かせてきた。
この対局を契機に、私はプロとの対局(有料)を時たま打つようになった。懐具合と相談のうえだから、20年間で年4~5回のペースで指導碁を打ってもらった。指導碁と言っても、手加減をあまりしてくれないので、1局を除いて全敗。勝った碁はもちろんハンデ付きだが、女流ながらプロに勝利したことが無上にうれしく、忘れられない1局になった。この対局は会社の碁好きの社長や上司、囲碁仲間らを交えた、にぎやかな会合だった。女流棋士は輝かしい棋歴を誇り、おまけに美人だったから、彼女が「負けました」と投了した時は、周りから大きな拍手をもらった。囲碁にまつわる話は尽きないが、今回はここまでにしたい。
花見大介 :元大手経済紙記者、経済関係の団体勤務もある。近年は昭和史の勉強のかたわら、囲碁、絵画に親しむ。千葉県流山市在住
