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愚者の独り言① ニックネーム 花見大介

将棋のタイトル戦「王将戦」が幕開けした。王将戦は今年度で72期を数える将棋界での主要タイトルのひとつだが、今年度は将棋ファンにとってこたえられない、待ちに待った組み合わせになった。現王将の藤井聡太王将に羽生善治九段が挑むというのだ。藤井王将はプロ入りしてから29連勝という記録を達成、並み居る強豪らをなぎ倒して現在、最高棋戦の竜王をはじめ5冠を制覇している。誰もが認める天才であり、全タイトル獲得も遠からず実現するのではないかと言われている。

一方の羽生九段も将棋ファンならずとも、誰もが知る大棋士、天才棋士である。タイトルを総なめにし、国民栄誉賞も受賞にも輝いた。特に羽生九段にとって、今期は通算タイトル数100期を獲得チャンスであり、マスコミなどからも、「世紀の一戦」とはやし立てられている。

羽生九段は将棋界に時代を画し、歴史を刻む棋士でありながら、不思議なことにこの人には誰にも親しまれるニックネームがない。「はぶぜん」と呼ばれることがあるそうだが、これでは様にならない。羽生のライバル視された名棋士、谷川浩司九段は「高速の寄せ」と棋士間で言われて評価されてきたが、これは棋風であって、谷川九段の人となりを表したものではない。ニックネームは優れて、その人の生き様を表すものである。

ニックネームと言えば、当代きっての人気者、野球の大谷翔平選手にも、これと言った愛称がない。「二刀流」ではダメか、という声が聞かれそうだが、二刀流は固有名詞ではないから、ニックネームと言うには無理がある。彼はまだ若いから、と言われればそれまでだが、人気、実績から見て、あってもおかしくない。そういえば、日米両球界であれだけの活躍をしたイチロー選手にもニックネームがなかったように思われる。

国民の多くが親しみを込めて呼んだり、ネーミングに感心したりするようなニックネームが近年、めっきり少なくなってしまったのは、どうしてなのだろう。世相や知名人らの動向に疎い筆者の勘違いというなら、甘んじてそう受け止めたい。

翻って過去をとぶらえば、球界では「1本足打法」「広角打法」「マサカリ投法」「塀際の魔術師」とか呼ばれた大打者、名投手らがたくさんいた。相撲界なら「マムシ」とか「土俵の鬼」らの人気力士。年配の人なら、誰とすぐ名前を挙げられるだろう。でも、幕内優勝回数45回と最多を誇り、令和3年秋に引退した元横綱の白鳳にニックネームらしき異名はない。カチ上げ、貼り手白鳳にでは、本人もうれしくないはずだ。私が趣味とする囲碁の世界を見渡せば、「コンピューター」「美学」「カミソリ」「宇宙流」をはじめ、枚挙にいとまないほどある。

これらニックネームが付けられたものの多くは、昭和の時代でだった。ニックネームは、人気稼業のスポーツ、文化、芸能界にとどまらず、経済界にも及んでいる。いわく「財界の鞍馬天狗」「財界の知性」「ミスターカルテル」「荒法師」をはじめ、数え上げればきりがない。一人でいくつものニックネームを持つ経済人もいた。こうした話の時には芸能界も当然、採り上げるべきだろうが、生憎、あの業界の事情にはほとんど土地勘がないので割愛させていただく。ご了承下さい。

ニックネームが国民の間に広く伝わっていたのは、第2次世界大戦後の、簡単に表現すれば日本経済が最も元気があり、輝いて時期に対応する。今と違って、多くの国民は将来に希望を持って働いていた時だった。引きこもりもいじめも少なく、貧富の差もあまり目立たなかった。振り返れば、昭和は良き時代だったのかもしれない。そして平成の時代。いわゆるバブル経済の崩壊が始まり、以後、日本経済は他国にも稀な長期低迷に陥った。面白いニックネームも、めっきり減ってしまった。

平成期の特徴は政治家は堕落し、経済人はすっかり自信を失い、貧富の格差が拡大し、国民は元気を失くし誰もが自信を持てなくなってしまったことである。ゆとりを失ってしまった時代と総括したら言い過ぎだろうか。そうした時代にはニックネームは生まれにくい。人々に余裕が生まれないからだ。ニックネームは生活に余裕が生まれ、ユーモアの心を持った時こそ付けられるような気がする。

前述したイチローや大谷翔平らだけでなく、囲碁界で7大タイトルを2度獲得し、国民栄誉賞を受けた井山裕太、国民栄誉賞を受賞した羽生結弦や国民的アイドルだった浅田真央、サッカーの三浦友知、テニスの伊達公子らにもニックネームがないか、あるいはなかった。なんとも残念なことである。令和の今日、あるのはイシケン、アキ、サトシといったような名前を簡略化したり、ありふれたネーミングばかり。王貞治のホームラン記録を更新した若き3冠王、村上宗隆が「村上様、神様」ではいかにも平凡だし安易な名づけだろう。野球やサッカー、ラグビーなどに熱中するなら、彼らに共感を示す、名誉あるニックネームを奉ってほしいものである。

花見大介 :元大手経済紙記者、経済関係の団体勤務もある。近年は昭和史の勉強のかたわら、囲碁、絵画に親しむ。千葉県流山市在住

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