本誌の名称「東上沿線」は必ずしも東武東上線の沿線にこだわる必要が無いかも知れないと私は思い始めました。その理由は、相互乗り入れしている東京メトロの有楽町線と副都心線の沿線が実質的に身近な鉄道沿線となっているからです。特に東急線との相互乗り入れは利便性をグンと増して、私は東上沿線が格段に拡大したような気がしてなりません。私は横浜が生れ育った故郷で、副都心線が開通する前の時期は故郷から離れた我が身の不幸を嘆いていたのですが、直通電車が開通した今は気軽に往復しています。
東京メトロ副都心線の直通電車
その副都心線ですが、相鉄新横浜線と東急新横浜線が開業したことに伴って2023(令和5)年3月から相鉄いずみ野線湘南台駅の直通電車が運航され、森林公園発湘南台行きなど以前は考えられない電車が運行されています。和光市駅の電光案内板に湘南台行き副都心線の表示を初めて見た時、私は「湘南台」が何処にある町なのか分かりませんでした。子供の頃に学区で教えてもらった町の中には無かったからです。直通電車の路線図を確認すると、和光市から結構な距離があり、旅心が刺激されました。地域探見家を標榜する私としては現地に行かねばなりません。

湘南台駅の歴史
湘南台駅は神奈川県藤沢市北部に所在する小田急・相鉄・横浜市営地下鉄の3線が交わるターミナル駅です。調べてみると湘南台駅は、最初、1966(昭和41)年11月に小田急江ノ島線の新駅として開設されたようです。駅がある地域は円行と呼ばれていました。藤沢市は1960年代に始まったいすゞ自動車の工場立地を機に策定した工業開発計画や人口増加を見越して大規模な区画整理事業に着手、地域を走る小田急江ノ島線の長後駅と六会駅(現・六会日大前)の間に新駅を設置するよう小田急電鉄に要望しました。
小田急電鉄はこれに応えて出来たのが湘南台駅です。駅名は地域住民の要望も考慮されたようで、1984(昭和59)年に区画整理事業が完了すると藤沢市も町名を湘南台に変更しました。1999(平成11)年には相鉄いずみ野線と横浜市営地下鉄ブルーラインが開通し、湘南台駅は鉄道3路線が乗り入れる大きなターミナル駅に変貌しました。湘南台駅の利用者は首都圏に向かう住民だけでなく、近接するいすゞ自動車藤沢工場、桐原工業団地、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスなどへの通勤通学客が多く、乗降客数は一日16万人に達しています。

湘南台駅のプラットホームは全て地下にあって、改札口は地下1階、地下2階に小田急線と横浜市営地下鉄のホーム、地下3階に相鉄線のホームが配置されている立体構造の駅舎です。湘南台は高度成長期に開発された大規模なニュータウンで、その中心となっている湘南台駅を挟んで東西の駅前にロータリーが設定され、街並みは碁盤の目のように整然としています。
面白いことに全く同時期に開設されたにもかかわらず、東西の駅前ロータリーの風景は微妙に違います。西口の方は飲食店が目立ち、雑居ビルもあって歩く人も多いように感じるのですが、東口の方は目立つものが無く、やや閑散としています。国各地の町を歩いた経験から駅前は人間が集まる場所で、時間が経つに従って変化するものと私は考えています。現在の湘南台駅が出来上がって四半世紀経ちますが、次の四半世紀後にはもっと風景が変わっているかも知れません。
いすゞプラザ
湘南台駅に程近い土棚地区には先ほど触れたトラックやバスを製造する大手自動車メーカーのいすゞ自動車藤沢工場があります。同工場は、1962(昭和37)年に稼働を開始した同社の主要製造拠点で、「いすゞプラザ」は同社の活動を紹介する企業博物館で2017(平成29)年4月に開館しました。湘南台駅東口のバス乗り場から無料バスが発着しており、インターネット上で予約すると誰でも自由に見学できます。

いすゞプラザにはトラックの製造工程を易しく案内する施設や、普段は間近で見られない各種のトラックが設置されて大型寅クックの運転席に座ることが出来ます。また以前同社が製造していたジェミニ、ベレットなど懐かしい乗用車も展示されて私のような昭和人間の心を揺さぶります。

何気なく訪れた湘南台でしたが、思いのほか楽しめました。今後も東上線沿線だけでなく相互乗り入れしている東京メトロの沿線もブラりと歩きたいと思います。お付き合いください。
長谷川清:全国地方銀行協会、松蔭大学経営文化学部教授を経て2018年4月から地域金融研究所主席研究員。研究テーマは地域産業、地域金融。「現場に行って、現物を見て、現実を知る」がモットー。和光市在住。
