2016年の週刊文春

『2016年の週刊文春』という本を読んだ。花田紀凱と新谷学という二人の名編集長の活躍を軸に、週刊文春、文藝春秋社の歴史を描いている。編集者、記者たちの人間模様・奮闘、数々のスクープの中身と顛末、すべて具体的で実に面白かった。後半は、雑誌販売がおしなべて落ち込む中で、スクープ主義でかろうじて部数を維持し、さらには「文春オンライン」でネット配信にシフトする様が記されている。近年は政治家や芸能人を次々に辞任や謝罪に追い込む「文春砲」の威力は確かにすごい。ただ、私は現在の文春の行き方はなんとなくしっくりこない部分がある。スクープのほとんどが誰か関係者による告発が元になっていることである。文春は情報提供者に謝礼を払っていないと書いてある。それはすばらしい。しかし、告発はおそらく恨みか利害かあるいは主張(たとえば政府に打撃を与えたいとか)によってなされるであろう。最近のスクープは爽快感がないような気がする。昔の「疑惑の銃弾」のような、純粋な真実の追究、正義感による記事を望みたい。

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