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愚者の独り言⑬ 本当に安全? 花見大介

 「日本の治安が最近、悪くなっている。危ないから、中国の人民は旅行など行かない方がいい」――。高石早苗首相の台湾問題に関する国会答弁の内容に中国が猛烈に反発し、矢継ぎ早に対日制裁措置(?)を打ち出した中で、中国の習近平主席がそう言ったとマスコミなどが伝えていた。それを聞いた日本人の圧倒的な多数は「一国のリーダーたる人が、そんなガセネタを世界に流すのか。見識を疑う。周囲の人たちは習氏に日本の実情をきちんと伝えていないのか」と受け取った。私も同じ受け止め方だ。治安が多少、悪化したとしても日本は依然、世界の中でトップ5には入る治安良好の国と多くの国に認められている。

 習氏の治安発言はごく短期の、今年の入ってからのものと受け止められるが、昨年までの5年間といった中期の推移でみると、日本国内の治安は確かに悪くなってきている。米国や英国などの先進国をはじめ世界の多くの国は、危険だからと女性や子供の夜間外出を控えるよう促している。日本では女性も平気で夜間に外出している、と外国人観光客が驚くような状況だ。

 だから、念のため申し挙げると、日本の治安が悪くなっているとの指摘は、中国などとは段違いの低さを示したうえでのことで、習発言を是認する、あるいは正当化するものではない。本稿は国内の最近の治安状況は、海外の人々が言うほど優等生ではなくなってきているのではないか、という問題を提起することにある。詳しい統計データを見てはいないので断言できないが、世界全体を見渡してみると、治安の悪くなっている国が増えているのは確かでしょう。日本も遠からず、その仲間入りをするのではないかと心配している。

 というのも、最近、国内で殺人事件がやたら増えているような気がしませんか。戦争を除けば、殺人は人間が犯す犯罪のうちで最も憎むべき行為だろうが、これといった強い動機や理由もない、換言すれば道路ですれ違った際に顔を見られたとか、着ている服を笑われたとか、何となくシャクに触る顔つきをしているとか、といった理由で愚かな罪を犯す人が急増している。「いわれなき殺人」とでも言ったらいいだろう。そうした現実の中で、私の最も理解に苦しむことは、殺人者の多くがいつもポケットにナイフを忍ばせて外出していることである。

 人に危害を加えようとする気のない人が、ましてや殺人など犯す気など毛頭ない人が、凶器を持ち歩くはずはない。最近の国内での殺人事件のうちで、ナイフの類による凶行が過半を占めるのではないか。少し横道にそれるが、裁判の席で「殺す意思はなかった」と述べる被告がとても増えている。殺意があったと陳述するより、なかったと言った方が量刑の減ることを知っているからだ。ナイフを持ち歩く者は、犯行後の罪の重さを意識する度合いが大きいのだろうか。

 最近の殺人事件でのもう一つの特徴は、尊属殺人が増えていることかな。子が親や祖父母を手にかける、あるいは年下の弟妹が兄弟を殺害する尊属殺人は、通常の殺人より重い刑が科される。それだけに尊属を殺害することには並々でない覚悟がいる。それにもかかわらず、慣れ親しんできたり、深い恩を受けたりした人を手にかけることには、強い動機があると考えるのが普通。ナイフ殺人とは違う。肉親の介護に疲れて精神のバランスを崩すと言った、少しは同情の余地の残る例が多いが、近年は深く考えずに、衝動的に肉親に手をかける例が目立ってきた。

 治安悪化を招く犯罪には多種多様な種類と動機があるが、近年の国内犯罪の中で目立つのが現象は未成年を含む犯行者の低年齢化である。生活苦から非行に走る若者間では、不条理とも言える所得格差が存在する。大学新卒の初任給に30万以上を払う企業が増え、なかには40万円を支給するところがある一方、派遣社員や契約社員,パートなど非正規雇用で働く若者と正規入社者との給与格差は圧倒的である。非正規雇用者の中には、自由に働きたい、自分の都合で仕事をしたいという者も結構いるが、不自然な給与格差、給与体系といってもおかしくない。低賃金による生活苦から犯罪治安悪化のひとつの温床になってはいないだろうか。

 警察庁が昨年実施した「自分が住んでいる社会が安全かどうか」のアンケート調査によると、「この10年間で悪くなった」「どちらかといえば悪くなった」という回答が80もあったという。この数値は、年々悪化しているという。平成から令和にかけては、長く減少を続けていた。今回は触れなかったが、治安問題を語る際に、犯罪行為を語る際に欠かせない大きな背景に「日本人の幼稚化」が、換言すれば「民族の劣化」があるのではないかと思っている。いつか、稿を改めて考えてみたい。        

花見大介 :元大手経済紙記者、経済関係の団体勤務もある。近年は昭和史の勉強のかたわら、囲碁、絵画に親しむ。千葉県流山市在住