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渡来人

 日高市にある高麗神社の宮司さんにインタビューさせていただいた。
 奈良時代、7世紀の半ば頃、戦乱を逃れて大陸の高句麗から多くの渡来人が日本に移り住んだ。朝廷は、今の日高市、飯能市、鶴ヶ島市、川越市などにまたがる地域に「高麗郡」を設置、渡来人のうち東国にいた1799人が移住した。
 高麗郡初代郡司は、高句麗の王族であった高麗王若光であり、高麗神社はその若光を祀った神社である。
 現在の宮司は若光の直系で数えて60代目にあたる。これだけ長い間の家系が続き、たどれるのは驚きである。
 高麗郡は明治までその名を残していた。
 この武蔵野の地域は現在、どの程度、渡来人の血を引いているのであろうか。
 ここでクイズ。1799人から始まり、夫婦から3人の子が生まれ、各代で人口が1.5倍ずつ増えていくと、60代で合計何人になるか。
 正解は何と、66兆人である。
 長い間に、かなりの人口規模として日本人に融けこんだことは疑いない。
 ちなみに私の一族のルーツとされる金子郷(入間市金子)も、高麗郡に含まれた。

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