七分積金

 渋沢栄一の「うまくいく人の考え方」(原著「実験論語処世談」)という本を読んだ。「論語」から様々な人生訓を述べており、 明治維新の英傑や歴史上の武将たちの人物を評価しているくだりは面白い。この本で、養育院の創設のいきさつを述べている。養育院は、貧民救済を目的として明治5年に渋沢が設立した施設だが、同施設は江戸中期寛政の改革で老中松平定信が始めた七分金を元につくられた。これは町役人の倹約で残した金額の三分を町費の補助、七分を積み立てる制度。この資金が100年近くたった明治維新時にも残っていた。維新後東京市に引き継ぎ、大久保利通知事により渋沢が七分金の支配方に任命された。

渋沢は明治23年養育院長となり亡くなるまで50年間院長を務めた。単なる片手間の慈善事業ではなかった。「うまくいく人の考え方」でも、「絶景を見るより、私が楽しく感じるのは、慈善事業などのために尽くすことだ」というくだりがある。
養育院は、曲折を経て、現在、東京都健康長寿医療センターとして存続している。

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