埼玉県秩父地域の34カ所の観音菩薩を祀る寺を巡る秩父札所巡り。12年に1回午歳に札所で秘仏を一斉に公開する午歳総開帳が令和8年3月18日から11月30日にかけて行われている。秩父札所とは何か、なぜ今年総開帳を行うのか。その功徳は。県立川の博物館では総開帳に合わせ企画展「巡礼者は秩父を目指す」を開催(5月6日まで)、3月8日、柴原幸保秩父札所連合会会長による「巡礼者はなぜ、秩父をめざすのか?」と題する講演会を開いた。以下は、柴原会長の講演のあらましである。

柴原幸保(南泉和尚) 昭和三十四年、秩父市の札所13番慈眼寺で生まれる。駒沢大学卒、曹洞宗大本山総持寺で3年間修行、慈眼寺前住職、札所11番常楽寺住職。(社)秩父札所連合会会長。身寄りのない高齢者を支援するNPO秩父こみにてい代表理事。祖父の代から続く秩父幼稚園(現秩父こども園)で子どもの力を引き出す保育・教育に注力、現在学校法人弘道学園理事。株式会社慈眼代表取締役。著書に『ほとけ様に教わった毎日をハッピーにする90の方法』、『自分を大きく咲かせる「ブッダ」の言葉』など。
今年は秩父札所で12年に一度の午歳総開帳が行われている。3月1日には秩父神社で大規模な法要が営まれた。この機会に、多くの人に秩父札所を、午歳総開帳とは何かを知っていただきたい。秩父札所の魅力が少しでも伝わればありがたい。
人はなぜ巡礼をするのか
人はなぜ巡礼をするのか。巡礼は日本だけではない。イスラム教、ヒンズー教、キリスト教もみな巡礼をする。
共通しているのは、自己回帰の儀式であることではないか。日常から開放される、非日常に立ってエネルギーを再生する、日常の役割を脱ぎ捨てて本来の自分を取り戻す、自然の中で自分を見つめ直す。それが洋の東西を問わず行われている。
日本の巡礼は西国三十三カ所で始まった

日本の巡礼は西国三十三カ所で始まった。750年代に大和国の長谷寺を開いた徳道上人が始めた。上人は死の間際に閻魔大王と会うが、大王は地獄の裁判で忙しいので、三十三の宝印を授けるからお前は甦って三十三カ所に散りばめて観音様の功徳をみんなに広めてくれと頼まれる。その宝印を持って私の前に来たら生前功徳を積んだ人だからそのまま極楽にやる。お前は今の乱れている世の中を平にしてくれと。そういう伝説から始まった

だから西国のお寺は御朱印と言わず御宝印と言い大切にする。お参りをした証として御宝印をいただいて閻魔大王の裁判に提示すると功徳の証になる。ところが徳道上人の時にはうまく広まらず、宝塚の中山寺に納めてしまう。それから270年たって花山法皇が三十三の観音様のお寺に御宝印を納めてそこから西国三十三カ所が復興したと言われている。花山法皇が復興した時に一緒について回ったのが書写山圓教寺を開山した性空上人。平安時代の終わり頃だ。
源頼朝が坂東三十三カ所を開いた
しばらくすると武家社会になる。源頼朝が、西国には観音霊場がある、関東にも欲しいという願いから坂東三十三カ所を開いた。坂東は一番が鎌倉の杉本寺、三十三番は千葉の那古寺。埼玉にも、近くでは東松山の正法寺さん、慈恩寺さん、慈光寺さんなどがある。
秩父札所ができたのは12三十四年
さらに今度は、坂東とか西国とかは広いので、その写しで小さなところでお参りしたいという人が出てくる。そこで秩父札所が生まれた。できたのは12三十四年。西国は皇室の庇護を受けて広まった。坂東は武家が作り守ってきた。秩父はどのようにできたか。皇室とか武家につながっていない。地元の人が守ってきた。
「秩父札所午歳総開帳」の機運を高めようと、3月1日秩父神社で「みんなのふだしょDAY」が開催された。西国、坂東、秩父の日本百観音で連絡協議会がある。それぞれの会長、西国十五番今熊野観音寺、坂東二十七番円福寺、秩父十一番常楽寺が集まった。
秩父札所は歩く距離が短い

川の博物館展示)

札所を巡る距離は、西国は約1300キロ、四国は1200キロ、坂東も1300キロ、秩父は100キロ。西国、四国、坂東を全部お参りするには40~50日かかる。秩父は7日間で帰れる。これが大きな違いだ。巡礼というと今世界的に有名なのが熊野巡礼だ。四国と熊野はインバウンドで観光客がすごい。日本の巡礼は聖地を目指さない水平なネットワークの巡礼だが、熊野は熊野三山を目指す垂直の信仰だ。秩父は熊野と違い山岳信仰ではないが、水平なネットワークの信仰であり武甲山という垂直の信仰もある。秩父の巡礼にとって武甲山がとにかく大事。武甲山が聖なる山としてあり垂直の祈りがある。それに三十四観音、平なところを巡る。両方の信仰が重なっているのが秩父の札所であり、他との大きな違いだ。
龍脈と札所の位置
武甲山の向こうには三峰神社がある。秩父は龍のエネルギーの通り道(龍脈)だ。荒川も龍。龍のエネルギーが地表に噴出するポイント(龍穴)に札所がある。先人達がここは大切なエネルギースポットだというところに札所を建て、それを地元の人が守ってきた。なんとなくそこにあるのではなく必然としてある。

秩父を創った十三権者の正体
秩父札所の開創には十三権者(じゅうさんごんじゃ)という神仏高僧が関わっている。1234年、西国、熊野、坂東を含め、神仏が秩父に集結した。霊場の縮図なのだ。十三権者はどんな人か。

(川の博物館展示)
<天地の守護>
妙見菩薩:秩父神社は元々妙見菩薩を祀っていた。妙見は北辰信仰。妙見大菩薩が他の12人を引き連れて秩父札所を始めたという説もある。秩父神社、武甲山、観音三十四カ所はすごく強いつながりがある
蔵王権現:武甲山に祀られている。今の六番卜雲寺の観音像は昔武甲山の山頂にあった。
熊野権現:熊野の霊場とのつながり。
<西国三十三カ所とのつながり
徳道上人:西国霊場をつくった
花山法皇:西国霊場を復興した
性空上人:12人の門者を引き連れて秩父の札所を開創したという伝説がある。
白河法皇:西国札所を守った。
<浄土と救済、鎌倉との関係>
善光寺如来:浄土信仰とのつながりが深い。善光寺のお堂の中に三十四観音がある。
良忠上人:浄土宗の高僧。鎌倉の光明寺のご開山。坂東とのつながりを表すシンボル。
医王上人:薬師如来
<死生観>
閻魔大王
俱生神(ぐしょうじん):我々のしたことを全部記録して閻魔大王に報告する。
<現場の功労者>
通観宝印:実際に秩父札所の開創に力を尽くした人ではないか。
令和8年午歳総開帳 ご本尊様の扉が開く

令和8年3月18日から令和8年11月30日まで「12年に一度扉の向こうへ」、午歳総開帳が行われている。期間中4つの特別な体験がある。第1に、ご本尊様の扉が開く。普段お参りしているのはその前に立っている観音様だ。西国、坂東は総開帳はできない。理由は一つは長谷寺などご本尊が大きくてしまえないからいつも開帳している。また石山寺は33年に1度だけしか開けられない。一斉に開帳するのは秩父だけ。
第2に、御手綱。観音様の手に麻のひもを結んでつないで祈願塔まで引き、間接的に観音様と手がつながる。3番目が総開帳記念の御朱印。4番目に花びらを模した特別な散華(さんげ)を授与する。
なぜ午歳に観音様の扉が開くのか。1234年も午歳だった。それから午は南の方角、南は観音様の浄土、補陀落浄土とされている。 武甲山は秩父神社の南の方角、秩父神社は北辰、北の方角。子午線は大事な線だ。札所はどこも武甲山が見えるように、山をらせん状に回るように配置されていた。番号は昔は違った。1番は今の17番。

午歳総開帳は、江戸時代の記録では3ヶ月で5万人来た。皆歩いてきた。泊まる施設がないので農家が「民泊」を提供した。
丙午は火と火が重なる60年に一度の年でエネルギーが強烈
今年は丙午(ひのうえうま)。今年は世の中が荒れている。丙は火、午も火。今年は火と火が重なる60年に一度の年でエネルギーが強烈だ。しかし、風水では「火は金を溶かす」という。過去の悪いものを溶かし新しいものに変える。だから丙午のこの年に総開帳をやる意味があるのではないか。

エネルギーは強すぎると困る。暴れ馬になってしまう。自分の中にも暴れ馬がいる。一番治めなければいけないのは自分の心の中の暴れ馬だ。私たち一人一人にネガティブなエネルギーがある。制御不能な欲望・怒り、将来への不安とかいろいろ。放っておくと自分の心と体を壊しちゃう。
暴れ馬を乗りこなすのに必要な方法は何か。手綱だ。御手綱こそが大事なのではないか。午歳に観音様の扉を開けて私たちの心にある暴れ馬を治めるために手綱に触れることが、総開帳の功徳なのではないか。誰しも持っている三毒「貪瞋痴(とんじんち)」を知らず知らず治めてくれる。馬に乗る名人を仏教では調御丈夫という。私たちは調御丈夫はなれないが、日常生活でなれるのが大丈夫。大丈夫になるきっかけが観音様ではないか。

慈悲とは、幸せを願う心、苦しみを和らげる心
なぜ観音様なのか。観音様が皆さんにお伝えしていることは慈悲。慈悲とは何か。慈は幸せを願う心、悲は苦しみを和らげる心。2つが合わさって慈悲だ。ここで大切なのは、自分のことをわすれてしまうこと。幸せを願う心、苦しみを和らげる心には順番がある。まず幸せを願わなければいけないのは私。まず自分の幸せを願う。次ぎにそばにいる人の幸せ、次ぎに中間的な人、朝会って挨拶をするような人、その次ぎに自分のことを知らない人、どんどん拡大していき、最終的に生きとし生けるものが幸せであれと願うこと、これが仏陀の願いだ。
なんとなくでもいいから観音様の前に行って手を合わせて御手綱をつかんで私、そして世界が幸せになるように、苦しみが和らぐように願う。世の中の荒れている丙午の今こそ慈悲の心を多くの人が持つ、そのきっかけに午歳総開帳がなるとありがたいと思っている。
秩父札所は激しすぎない、心地よい巡礼
世界でも大都市からこんなに近い巡礼地はあまりない。秩父札所は激しすぎない、心地よい巡礼だ。里山ハイキング。健康によい。歴史、ジオパークとかを学び体感する場所、食も豊か、温泉もある。日常の喧噪を忘れてしまう、もう一度自然の中に入り、鳥の声を聞き山の風を感じながらお経を唱えてお香をかいで自分を取り戻す機会にしてもらいたい。「観光以上修行未満」が秩父のスタイルだ。

普段着でも、あるいは今札所連合会でレンタルで装束をお貸しもできる。旅行業者さんがいろいろなツァーの案内をしているし、札所連合会、秩父地域おもてなし観光公社も、お坊さんと巡るツァーとか初心者向けのツァーとかも用意している。お気軽に総開帳にご参加いただきたい。
