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民話紀行③ 鬼にやさしい日本で唯一の神社 鬼鎮(きぢん)神社(嵐山町)岩瀬翠

鬼は、民話やおとぎ話の中では、常に悪役である。桃太郎や源頼光などのヒーローたちに退治される、格好の悪い存在である。ところが、そんな鬼を神として祭っているのが鬼鎮神社である。

鬼鎮神社
鬼鎮神社

一途な鬼の哀しい恋

 昔、鬼鎮神社がある川島(嵐山町)に刀鍛冶が住んでいた。 

 ある日のこと、一人の若者が、弟子入りし立派な刀鍛冶になった。

 一人前になった若者は、その家の娘との結婚を望んだ。主人は「一晩で刀を百本つくったら娘との結婚を許す」と若者に伝える。

 若者は、懸命に刀を作った。

 夜が明けて仕事場に向かった主人が見たのは、99本の刀と、鬼となって倒れている男の姿だった。そばに寄ってみると男はすでに死んでいた。

哀れに思った主人は、庭の隅に埋葬し、お宮を造って、鬼鎮様として祭ったのである。

それからしばらくして、畠山重忠が菅谷館を築造するにあたり、この社を鬼門除けの神社として奉斎、守護神として尊崇した。

鬼が鎮まる所

 鬼鎮神社は、武蔵嵐山駅東口から、徒歩で10分位のところにある。

鳥居をくぐって石畳を進むと正面に拝殿がある。拝殿の左右の柱には、何本もの鉄棒が、立てかけてあり、頭上の梁には、金棒を持った赤鬼と青鬼の額がかかっている。

鬼鎮神社拝殿
鬼鎮神社拝殿
鬼鎮神社拝殿上の赤鬼、青鬼
鬼鎮神社拝殿上の赤鬼、青鬼の額

額の中の鬼たちは、ややメタボぎみの体型で、お酒を飲みすぎた近所のおじさんみたいで、世間一般の鬼のイメージとは随分違っている。

鬼神というのは、人間と神の中間に位置するものだとか、だからここの鬼の風貌が、妙に人間くさいのかもしれない。

古くは坂東武者、明治以降は出征兵士や家族の参詣でたいそう賑ったそうである。

最近では、受験やスポーツ、選挙などの必勝祈願が多くなっている。

  

福は内、鬼は内、悪魔外

 鬼鎮神社の豆まきは他と少し違う。

普通は「鬼は外」と1、2回いってから、「福は内」と続ける。

 つまり、先に鬼を追い出してから、「福」に来てもらうということのようである。

 ところが、鬼鎮神社ではこうなる。

「福は内、鬼は内、悪魔外」となるのである。

 鬼鎮神社においての 節分祭は、一番大きなお祭で、日本ではここだけの鬼の祭だ。

 毎年行われる節分は、鬼たちにとっては受難の日だ。豆打ちで追いまわされ、身の置き所がなくなる。

だから、節分の日には追われた鬼たちが、全国から、鬼鎮神社に集まってくるのだとか。

 鬼鎮神社の節分祭は、2月3日の午後3時頃から始まる。

およそ30人ほどの赤鬼・青鬼・年男達が、拝殿横に設置された、特設台の上から「福は内、鬼は内、悪魔外」の掛け声とともに、参拝者に豆をぶつけるのである。

これは神である鬼が、参拝者の心についた悪魔を豆で追い払い、禊をさせるという意味を持っているとのことである。

また、豆の他に団子や饅頭、みかんなども一緒にまくので、境内は多くの参拝者で賑う。

鬼鎮神社豆まきは中止
2024年2月3日の豆まきは中止
鬼鎮神社露店
豆まきは中止でも露店も出てにぎわう

鬼に金棒

 拝殿の付近に置いてあった、鉄棒と絵馬について、宮司の河野通久さんに聞いてみた。

―拝殿の付近に鉄棒があるのは何故ですか。

鬼鎮神社鉄棒
鉄棒

河野 祈願成就の際に、お礼として参拝者が奉納したものなんですよ。これがかなり沢山ありましてね。戦時中はこれを国に供出したこともありましたね。

―現在も鉄棒の奉納はあるんですか。

河野 はい、ありますね。ついこの間も片付けましたよ。何しろ鉄棒は重いし錆びますのでね。昔から「鬼に金棒」っていうでしょ。

―祈願成就の絵馬を見たんですけど、遠方からの参拝者が多いんですね。

鬼鎮神社奉納された絵馬
絵馬

河野 ここの参拝者の9割5分が、遠方からの崇敬者です。境内にある神楽殿は新宿の方の寄贈ですし、狛犬があったでしょ。あれも都内に住む社長さんが寄贈してくれたものなんですよ。

―絵馬の中に現役のプロ野球選手のものがありましたけど。

河野 ここは、強い力を授ける必勝の神といわれていますから。

  ◇

幼い頃の豆まきの情景を思い出した。今はなき父の「鬼は外」の声がよみがえる。鬼とは不思議な存在である。でも鬼を生み出した人間のほうが、もっと不思議なのかもしれない。(岩瀬)

(所在地 埼玉県比企郡嵐山町川島1898) (「東上沿線物語」第10号=2008年2月掲載。一部変化している箇所があります。写真は2024年2月3日撮影)

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