スマホの普及と通勤電車の風景
21世紀も四半世紀が過ぎて私たちの日常生活もだいぶ変わってしまいました。その原動力なったのはデジタル機器の登場と普及であることは間違いありません。その代表がスマホ(スマートフォン)です。家ごとにあった電話機は手のひらに乗るスマホに取って代わられ、家族一人一人が自分のスマホを持つようになりました。NTTドコモのモバイル社会研究所の調査によると、日本社会のスマホ普及率は調査初年の2010から急上昇し、2015年に51.1%と過半を超え、2025年には98.0%と国民の太宗がスマホを所有する状況となりました。

特に15〜29歳の若年層では男女ともにスマホの所有率が100%に達し、60歳以上の高齢層でも9割以上が所有して、今やスマホは多くの人の生活に欠かせないアイテムとなっています。スマホの普及は日本人のライフスタイルを大きく変化させました。その典型が電車で移動中の過ごし方でしょう。
求人サイトの株式会社ビズヒッツが2025年に行った電車通勤中の過ごし方に関するアンケート調査によると、スマホの利用について75.8%が「よく利用する」、18.0%が「たまに利用する」と回答し、実に9割以上の人が、通勤中にスマホを眺めていることが明らかになりました。逆にスマホを「ほとんど利用しない」「全く利用しない」という人は合計6.2%しかいません。
では、人々は電車に乗りながらスマホで何を見ているのでしょう。同調査(回答者478名)では次のような回答が上位を占めました。
1位:SNSの閲覧や書き込み(199名)
2位:ニュース・天気予報のチェック(194名)
3位:ゲーム(92名)
4位:メッセージ・メールのやり取り(70名)
5位:小遣い稼ぎ・副業(54名)
この調査結果から車中でスマホを眺めている人々は、電子媒体の新聞や雑誌もあまり読まれていないことを想像させます。私がサラリーマンだった2000年代初めの頃まで、通勤電車では多くの人々が新聞や雑誌、文庫本などの印刷物に目を通す姿が当たり前の風景でした。毎年春になると新入社員らしき若者が通勤電車の中で新聞紙を広げているのを見て、「電車の中で新聞を読む際は、廻りの方に迷惑にならないよう、新聞紙を立てに折りたたんで読むのだよ」と言いたくなる衝動に駆られたものです。でもそうした老爺心は今の時代全く不要になったようですね。
激減した書店、伸長する電子出版
もっとも、スマホが普及する前の時代から人々の活字離れが話題となっていたのは事実です。出版科学研究所「出版指標2025年版」によると、紙の出版物は1996年の2兆6,564億円をピークに低下傾向を辿り、2025年には9,646億円とピークに比べ何と64%も減少してしまいました。2008年に大学教員となった私は、1~2年生を対象にした基礎ゼミを担当して高校を卒業したての若い人たちと接しましたが、彼らの多くが教科書以外の本を読んだ経験が極めて乏しいことに驚きました。奉職した大学がいわゆるFランク(偏差値が極めて低く、誰でも入学できる)に属しているからだと思いましたが、非常勤講師を務めた他大学の学生も似たり寄ったりで社会全体が本離れしていることを思い知ったのでした。
本が売れなければ本屋の経営は行き詰まり、閉店せざるを得なくなります。書籍取次会社の日販によると、全国の書店数は2006年当時に1万4,555店でしたが、2025年には7,270店と半減しています。立地状況と書店の動向をみると書店の撤退は地方から始まり、近年は首都圏の私鉄沿線にも動きが広がって、書店は駅から離れたショッピングセンターにあるだけの地域が当たり前になりました。しかもショッピングセンター内の書店は例外なくチェーン店の一端ですから売れ筋の新刊書や雑誌しか置かず、店の個性は全くありません。
書籍や雑誌を購入するだけならインターネットの通販サイトの方が便利です。書店に書籍が置いていない場合は書店に注文して取り寄せすることになりますが、届くまでに日数が必要です。その点ネット販売を利用すると、私たちが何処にいても数日で手元に配達されて便利です。また書籍の出版も紙媒体からスマホなどのデジタル端末の利用を前提にした電子出版にシフトが進み、特にコミック(マンガ)本の電子出版は急速に伸長し、上記出版科学研究所によると2024年には電子コミックの売上が出版物全体の34%を占めるまでになりました。

デジタル化されない書籍群と古本屋
コミック本がデジタル化する一方で小説などの文学書だけでなく宗教書、歴史書、学術書などは製本された書籍がまだまだ元気です。これらの書籍に共通するのは、ゆっくり時間をかけ、かつ繰り返して読まれることで、蔵書として手元に置かれる可能性が高い書籍群です。またこれら書籍の中には、新刊書として売り出された後も商品価値が劣化せず、中古本として売買され続けるものがあって社会文化の一角を形成しています。
中古本の流通市場が形成されるのは、世界的にみて殆どが大都市に集中しています。大都市には中古本を必要とする買い手と手元の蔵書を売却したい売り手の両方が存在し、かつその流通に必要な専門知識をもつ業者(古本屋)が集まり易いからです。ただし、人口が多いからと言って全ての大都市に古本屋が集まるという訳ではありません。古本屋の集積状況は、都市に立地する事業所や機関の状況、居住する人々の状況、都市の歴史など様々な要因に影響されます。
こう書くと、お前は神田神保町の古書店街に言及するのだろうと思われるでしょうが、違います。今回私が紹介するのは、東上線の始発駅池袋にある古書店の往来座です。往来座は、池袋駅東口から明治通りを目白方面に歩いて7~8分の所にあります。大きな看板が掲示されていますので直ぐに判ります。

往来座の店主は瀬戸雅史さんで、現在の場所に古書店を開業したのは2004年と20年以上前になります。私が瀬戸さんに初めてお会いしたのは、池袋駅西口の東京都芸術劇場の1階にあった古本大學で瀬戸さんが店長をされていた時代ですので、軽く四半世紀前ということになります。それ以来、瀬戸さんには色々お世話をいただきました。15年ほど前に書いた地域産業としての和菓子に関する論文は、往来座で見つけた古本が切っ掛けとなりました。また、持て余していた近代俳句の創始者だった河東碧悟桐(かわひがし へきごどう)全集を処分に協力いただいたのも瀬戸さんでした。

同店が扱う書籍は時代に合わせて(?)変化しています。開業したころは国内外文学書が沢山置いてありましたが、今回お邪魔すると日本映画関係の書籍が目につきます。これは店員の野村さんがその筋では有名な日本映画の大ファンで、その繋がりから自然に増えてしまったとのことですが、映画関係の書籍を買う方々が商売の原動力になっているのは確かです。そのほか同店には美術、音楽関係の古書類や関連の品々もあって昔ながらの古書店とは一味も二味も違う空気が漂っています。このためか私たちは、一度店内に入るとなかなか外に出ることが難しくなり、店を出るころにはすっかり往来座の空気が身に沁み込んで、また往来座に来てみたいと思うようになります。
デジタル社会が進行することを考えると、この先も往来座は変化を続けるでしょう。そうすると、現在スマホで電子コミックを楽しんでいる人々を往来座が抱え込む日が来るのではないかと私は思い始めました。多分その日は、コンピュータシステムの能力が人間の能力を上回るとされるシンギュラリティが到来する時期と重なるかも知れません。その時、往来座がどう変貌するのか楽しみです。
長谷川清:全国地方銀行協会、松蔭大学経営文化学部教授を経て2018年4月から地域金融研究所主席研究員。研究テーマは地域産業、地域金融。「現場に行って、現物を見て、現実を知る」がモットー。和光市在住。
