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元禄時代柳沢吉保が開いた三富新田 特産サツマイモ 循環型農法は世界農業遺産に

 三富新田は元禄時代に開かれた開拓地であり、上富(現三芳町)、中富(現所沢市)、下富(現所沢市)の各地域から成る。現在も地割が残り、サツマイモなどの特産品で知られ、平地林の落ち葉堆肥を利用する循環型農法は世界農業遺産に認定されている。今年2026年は三富新田の開拓から330年になるのを記念し、三芳町歴史民俗資料館で「上富村の成立ちと暮らし」と題する企画展が開かれている(9月6日まで)。改めて開拓の歴史を振り返ってみたい。

三芳町歴史民俗資料館企画展

かつては広大な萱野が広がり、秣(まぐさ)場として利用

 開拓前の三富はどういう状況だったのか。

 三富地域は現在は畑と平地林が広がり人家と倉庫などが点在する景色だが、かつて上富を含む武蔵野は広大な萱野が広がっていた。秣(まぐさ)場と言い、周辺の農家が屋根葺きの材料、馬の飼料、肥料を刈り取るための採草地だった。しかし徐々に新田開発が進み、入会地だった秣場が狭まり、利用をめぐって農民間、あるいは村同士で対立が起きた。川越藩の新田開発に対し周辺の村々は幕府に訴え出た。元禄7年(1694)幕府評定所の判断で、「立野」と呼ばれた範囲は川越藩の領地であることが認められた。これに伴い、川越藩主柳沢吉保は新田開発を推進することになる。

柳沢吉保像(一蓮寺蔵、川越市立美術館ホームページ)

上富91屋敷、中富49屋敷、下富49屋敷の合計180屋敷の新しい村

 柳沢吉保は、館林藩主徳川綱吉に仕えていたが、綱吉の五代将軍就任を受けその側用人となり、元禄7年に7万2千石の川越藩主となった。吉保は民生に意を注ぎ、着任半年後に三富新田の開発に着手した。

 開発は吉保の命を受け、曽根権太夫をはじめとする家臣たちが区割りを決め、従事する農民を集めた。中心となった農民は、上富村名主忠右衛門(現在の島田家)、中富村名主喜平次、下富村名主広右衛門ら。いずれも近隣の村から移住、忠右衛門は亀久保村(現ふじみ野市)で代々野守(幕府や藩から任命され土地を管理する役職)を務めていた。約2年後に検地が行われ、上富91屋敷、中富49屋敷、下富49屋敷の合計180屋敷の新しい村ができあがった。

上富の地割(三芳町資料)

 村名の「富」は、孔子の「論語子路篇」の「人口はたくさんいるならば次はこれを富ますことだ。豊かになったならば次は教育が大切だ」から取ったと言われている。

幅6間の六間道の両側に短冊状に地割 面積5町歩

 三富新田の開拓は、以前から同地に存在した「木ノ宮地蔵堂」がある地蔵林を起点とし、最初に幅6間の六間道(現在のいも街道など)を開き、道の両側に短冊状に地割を配置する形で設計された。間口 40 間(約 72m)・奥行 375 間(約 675m)、面積5町歩(約5ha)の短冊状に区画し、開拓農民に分け与えた。区画は、六間道に面して屋敷地、その奥に耕地、最奥には平地林(ヤマ)。最初は居宅は2間*5間、馬屋は2間*4間、10坪くらいの小さな家を作るよう指示された。平地林には、クヌギやコナラが植えられて、堆肥、薪に利用された。

木ノ宮地蔵
六間道(いも街道)
地割の構造(三芳町歴史民俗資料館展示)

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菩提寺多福寺、祈願所多門院

 元禄9年には、入村農民の菩提寺として、木ノ宮地蔵にあった地蔵林に多福寺が建立され、中富に祈願所の多門院も建てられた。それまで、上富村村民は亀久保村(現ふじみ野市)の地蔵院、中富村・下富村は大塚村(現川越市)の西福寺を菩提寺としていた。

多福寺
多門院

「富のいも」は江戸で評判に

 開拓地は5年間は年貢は免除、翌年からも新田相応に軽減された。当初は実りの少ない土地でアワ・ヒエなどの作物が試みられたが、開拓からおよそ 50 年後の1751年に南永井村にサツマイモの種芋がもたらされると盛んに生産され、100年後の記録では夏作はサツマイモ中心、冬作は小麦・大麦が主だ。江戸に出荷されたサツマイモは「富のいも」とし評判になった。昭和18年(1943)には木ノ宮地蔵境内に「甘藷先生頌徳碑」が建てられ、現在まで続く三富新田の特産品となっている。

甘藷の碑

 昭和3年、三富の地割が埼玉県の史跡(現在県指定旧跡)に指定された。さらに、2023年、三富新田の平地林の落ち葉を堆肥として利用する「武蔵野の落ち葉堆肥農法」が世界農業遺産に認定された。

三富開拓地地割遺跡之碑

旧島田家住宅

 上富村名主として入村した忠右衛門は現在の島田本家で地域で寺子屋も開いていた。忠右衛門の妹 つるの家系になる旧島田家の建物は、開拓が始まって約100年後に建てられたもので、1991年から96年にかけて移築・復元し、現在「旧島田家住宅」として一般に公開されている。

旧島田家住宅

(以上は、三芳町作成冊子「三富新田の開拓」、三芳町歴史民俗資料館展示、『柳沢吉保の実像』(野澤公次郎、みよしほたる文庫)などを参考に作成しました)

多門院

武蔵野いまむかし