所沢市在住の大舘勝治(おおだて・かつじ)さんは、埼玉県教育局職員を退職後、「さいたま民俗文化研究所」を設立、全国各地の民俗・文化財関係の調査・研究の他、自主企画事業や出版も手がける。『所沢-魅力・不思議発見「あんだかや」「あんだんべえ」』は、所沢の隠れた魅力を紹介する貴重な本だ。大舘さんは今、所沢の良さを知ってもらい郷土愛を育むために、郷土博物館を建設すべきだと訴えている。大舘さんにお話をお聞きした。

平成12年(2000)、県立歴史資料館(現嵐山史跡の博物館)長を早期退職、「さいたま民俗文化研究所」を設立
-大舘さんは元々埼玉県で民俗・文化財関係の仕事をされていた。
大舘 そうです。昭和44年に県立さきたま資料館(行田市、現さきたま史跡の博物館)のオープンとともに、埼玉県で最初の学芸員(民俗担当)として就職しました。
―退職して現在の研究所を立ち上げたわけですね。
大舘 平成12年、歴史資料館(現嵐山史跡の博物館)館長の時、早期退職。すぐ立ち上げたのがさいたま民俗文化研究所です。
-どのようなお考えで独立しようと。
大舘 民俗の調査・研究の仕事を専門的にやりたいということです。公務員では自分の目指す研究もできない、ということもあってです。
-就職したさきたま資料館では具体的に何に興味あったのですか。
大舘 民俗とは人々の生活の歴史です。昭和40年代は、日本の経済が激しく変わりました。古い家(農家)が次々に壊され、田んぼが宅地になり、使っていた生活用具は破棄され、今までの庶民の暮らしぶりがまったく失われつつありました。古い生活の資料を集めたり記録していくことが大切と思い、さきたま資料館時代は民具を集め回っていました。それが県の学芸員としての始まりです。
-研究所を所沢で始めたのは。
大舘 私は生れも育ちも所沢です。研究所は当初は東所沢の事務所で行っていましたが、現在は自宅を研究所としています。
行政から受託する民俗伝承(民俗文化財)の調査・研究
-研究所の仕事は民俗の調査ということですか。
大舘 事業は、民俗伝承(民俗文化財)の調査・研究が主です。
-仕事は行政から受託する。
大舘 最初の頃は、国(文化庁)からの受託事業が多かったです。それと県内市町村から委託を受け、調査・研究、報告書を作成します。調査地は全国各地、東北から九州まで実施しました。
-独立してそのような委託が継続して来るのは素晴らしいです。
大舘 自分で言うのも何ですが、結構いい仕事をしてきたと思っています。
伝承者は先生と思い話を聞く
-強みは何ですか。
大舘 多くの所員(民俗研究者、エディター、ブックデザイナーなどの専門家)を配置して、組織力を武器に取り組んでいるところです。
それと、伝承者(すなわち話者)は我々の先生だと思っていい話を聞き出すことに努めています。所沢に事務所を置く研究書が他県の調査を行う難しさはありますが、真摯に取り組むことによって協力が得られるということです。
-東日本大震災関連の事業もあったのですか。
大舘 文化庁の「東日本大震災民俗文化財現況調査」(平成23、24年)では、当研究所が実行委員会の中心メンバーとして岩手県を担当しました。
自主企画『民俗の原風景』(『伝えよう年中行事のこころ』)、『所沢-魅力・不思議発見「あんだかや」「あんだんべえ」』、『どこの子・よその子・地域の子』
-受託調査の他、自主企画や出版もされている。


大舘 いろいろありますが、埼玉の年中行事を紹介した『民俗の原風景』(大舘勝治著、朝日新聞社、平成13年)は賞をもらいました(令和6年、同著を加筆して『伝えよう年中行事のこころ』を出版)。最近では、『所沢-魅力・不思議発見「あんだかや」「あんだんべえ」』(さいたま民俗文化研究所企画編集、令和4年)、『どこの子・よその子・地域の子』(大舘勝治著、さいたま民俗文化研究所、令和7年)などがあります。
-『所沢-魅力・不思議発見』はどんな内容ですか。
大舘 生まれ育った所沢の豊かな自然、農村の習俗、伝承、町場の歴史から現代までの変化、ゆかりの人、名所などを取り上げています。全体の企画は私ですが、テーマごとに詳しい方に分担執筆いただいています。「あんだかや」「あんだんべえ」は、所沢近辺で昔から使われてきた話し言葉で「そうなの?」「何だろう」といった意味です」

『所沢-魅力・不思議発見「あんだかや」「あんだんべえ」』目次
1 昭和時代の原風景 ①狭山丘陵の原風景は雑木林、②稲作、③畑作、④トトロの森が未来を繋ぐ、⑤赤土を黒土に、⑥さつま芋の来た道、⑦所沢最後の養蚕農家、⑧武蔵野の開拓、⑨中富小学校の農業体験学習、⑩農家の住まい、⑪古民家を後世に、⑫山口の田んぼ文化、⑬所沢の米で作る「日本酒」の魅力、⑭「所沢」呼称考、⑮カマキリの生態、⑯所沢の方言、⑰子供の遊び
2 暮らしの中の年中行事 ①正月行事、②繭玉飾り、③七草粥、④節分、⑤雛節供、⑥端午の節供、⑦七夕、⑧盆行事、⑨十五夜、⑩冬至
3 日々の生活に活力を ①「花車」と書いた所沢の山車、その起源は、②重松流祭り囃子、③岩崎簓獅子舞、④民謡の誕生、⑤荒幡の富士山、⑥藤の花咲く謎の空間、⑦本居宣長を祀る桜木神社
4 不思議や謎、伝承を追う ①砂川遺跡、②膳棚遺跡、③所沢の古墳、④東の上遺跡、⑤小手指原古戦場、⑥滝の城跡、⑦生類憐みの令に苦しむ、⑧「鼠小僧治郎吉」小手指原を走る、⑨「求友館」の活動、⑩道の起点は日本橋、⑪渋沢栄一がかかわった青い目の人形、⑫明治天皇ゆかりの名家・齊藤家
5 街の盛衰・賑わいの変容 ①飛行場ができた!、② 所沢駅の誕生、③所澤飛行場と浦町遊郭、④米軍所沢基地と日米婦人大学、⑤所澤飛行場跡地の開拓とフロンティア精神、⑥高層タワーに吸い取られた昭和の街並み、⑦保健所発祥の地、⑧所沢織物、百花繚乱、⑨所沢飛白は「良加減節」で織る、⑩狭山湖底に沈んだ勝楽寺と「可津良絣」、⑪「もったいない」が生んだパッチワークの美
6 郷土ゆかりの人々 ①癒しの空間、柳瀬荘、②幕末・明治のサロン・ド・キタノ、③噺家三遊一朝、④眼科医鈴木一貫、⑤哲学者田中王堂、⑥日歌輪翁の足跡、⑦それでも三ヶ島葭子の子守唄、⑧郷土の俳人、俳小星小伝、⑨名脇役左卜全の母
7 郷土の施設訪問 ①クロスケの家、②所澤郷土美術館、③野老澤町造商店、④山口民俗資料館、⑤柳瀬民俗資料館、⑥中富民俗資料館、⑦所沢市生涯学習推進センター、⑧所沢市埋蔵文化財調査センター、⑨所沢航空発祥記念館、⑩角川武蔵野ミュージアム
-所沢ガイドのようですが、このような企画をした狙いは何ですか。
大舘 所沢市がメジャーになったのは宮崎駿監督の「となりのトトロ」からだと思います。その前は、日本最初の飛行場が売りでしたが。一般の方には、そのくらいしかないんです。目立つものがないから何もないのではないかと思われがちでした。所沢の素晴らしいところを知っていただくことを目標に制作したのが『所沢-魅力・不思議発見』です。、
博物館は「郷土愛を育む」ところ-東京の博物館に所沢の資料はない!
-大舘さんは所沢に博物館を作るという提案をされているのですか。
大舘 所沢は郷土博物館がないんです。教育基本法で小学校で郷土学習という単元がある。その中で博物館や博物館資料を活用するよう書かれてある。そのために郷土学習に必要な博物館が作られてきた。ところが所沢市にはありません。
所沢は街が大きくなり人口30数万、高いマンションが連なっている。しかし、所沢の鳥はヒバリだがヒバリが営巣する場所もない。ミヤコタナゴは国の天然記念物なのに小さい水槽でアップアップしている。そんな状態でいいんですかという疑問がある。
私は所沢の自然、歴史、民俗、芸術、文化など網羅して総合的に見せる郷土総合博物館を作りましょうと訴えています。博物館は郷土愛を育むところ。所沢の良さを知ってもらって、自分は所沢に住んでいる、いいところなんだという帰属意識を育む博物館の設置を提案しているのです。

-大舘さんは県庁時代に博物館の開設や運営に携わったことがあるのですか。
大舘 歴史資料館(現嵐山史跡の博物館)は設置の準備から、岩槻の県立民俗文化センター(現在は閉館)は企画(基本構想作成)を中心となって進めました。入間市立博物館、大宮市立博物館の基本構想策定委員として参画しました。
郷土を知る講座「なるほど我がまち」を定期開催
-今後のお仕事は。
大舘 当面は、「古文書入門」(自主企画)、その後自分の過去に書いた小説や随筆の類いをまとめて出版する予定です。
-定期的に講座も開いている。
大舘 郷土を知る講座「なるほど我がまち」を毎月、図書喫茶カンタカ(東村山市)というところで開いています。また、さいたま民俗文化研究所の事業についてはホームページ及びSNS(X)で情報発信しています。
-大舘さんはおいくつ。
大舘 1942年生れ、84歳です。平成24年の東日本大震災関連の調査の後、大病をしましたが、今も治療をしながら仕事を続けています。死ぬまでは元気でいないと。挑戦することが好きなんです
