中世・武蔵武士

中世・武蔵武士

鎌倉源氏政権を支えた 武蔵武士とその本拠

武蔵武士は、平安時代末から鎌倉時代にかけて、武蔵国各地に割拠し、鎌倉幕府を支えた武士団である。初めての武家の政権を生む原動力となった武蔵武士とは、どのような顔ぶれで、どこに本拠を構えていたのか。嵐山町の埼玉県立嵐山史跡の博物館で開かれていた...
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戦国時代 関東の政治の中心だった 鉢形城(寄居町) 24万平米の広大な城跡そのまま

寄居町の荒川の名勝、玉淀の河原の崖上に広がる鉢形城跡。戦国時代、関東の政治の中心地であり、後北条氏の時代は北条氏邦の居城であったが秀吉軍に攻め落とされた。24ヘクタールの広大な城跡が、往時そのままの風情で残されている。鉢形城公園内の鉢形城歴...
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菅谷館と大蔵館を歩く 畠山重忠から木曽義仲へ

埼玉県比企郡嵐山町の県立嵐山史跡の博物館は、国指定史跡菅谷館跡に立地している。菅谷館は、鎌倉時代の武将、畠山重忠の居館であった。近くには、木曽義仲の父、源義賢の居館、大蔵館跡もある。義仲は、嵐山で生を受け、木曽に移り、後に京の都まで攻め上が...
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木曽義仲を慰霊する流鏑馬

義仲あるいは父義賢の家臣の末裔7氏が主宰 萩日吉神社(ときがわ町)  ときがわ町の萩日吉神社の前で、3年に1回、流鏑馬が開かれる。この流鏑馬は、ときがわの明覚郷の市川、荻窪、馬場氏、隣の小川町の大河郷の横川、伊藤、加藤、小林氏の7苗(家)...
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義経に従い一ノ谷合戦んで活躍 武勇で鳴らした 金子十郎家忠  本拠地は入間市金子郷

保元の乱から平氏の滅亡にいたるまで武勇で鳴らした武蔵武士の中でも金子十郎家忠は一、二を争う「大剛勇の強者」として活躍した。その金子氏の本拠地は、今の入間市金子地区にあった。このほど 金子十郎の子孫である萩(山口県)の金子氏から古文書が入間市...
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中世、鎌倉に通じた鎌倉街道の往時の面影 毛呂山町に残る

鎌倉時代に幕府の置かれた鎌倉に向かう道として建設された鎌倉街道の往時の姿をしのばせる風景が、毛呂山町に残されている。毛呂山町歴史民俗資料館の佐藤春生さんにご案内いただいた。  軍事・経済・流通の道 ―鎌倉街道とは。 佐藤 中世、鎌...
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中世期彩る松山城攻防戦 今残る武士(もののふ)の夢の跡

北条氏康・氏政親子、武田信玄、上杉謙信、前田利家など、戦国時代を代表する武将たちが大軍を率いて戦った城がある。戦国の名城といわれた松山城である。取ったり取られたりの戦いは、幾多の伝承を後世に残した。(岩瀬 翠) 堅固な防御の城・松...
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