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「見えない障害」 高次脳機能障害 介護保険と障害福祉の谷間で支援から漏れ

脳卒中、事故などの後遺症として認知機能の低下が起きる高次脳機能障害。相当数の患者がいて困難な日常生活を送っているが、表からわかりにくい「見えない障害」であるために一般の理解は進んでいない。介護保険、障害者福祉による行政面からの支援の枠組みからも、抜け落ちており、十分な支援が受けられていない。高次脳機能障害とは何か、その支援のための課題は何かについて、NPO法人「地域で共に生きるナノ」(三郷市)の丹直利さん、「地域で共に生きるナノ朝霞」(朝霞市)の須貝孝さん、三浦ナカ子さんにお話をうかがった。

NPO法人「地域で共に生きるナノ」

―「ナノ」とはどのような団体ですか。

「NPO法人「地域で共に生きるナノ」は、高次脳機能障害者を支援する団体です。三郷市に事務所があり、埼玉県東部地域で活動しています。代表(理事長)は谷口眞知子。お子さんが高次脳機能障害者です。メンバーは、当事者・家族より支援者が多いです。平成21年から埼玉県の事業(高次脳機能障害ピアカウンセリング)を受託して、地域相談会を開いています」

―ナノ朝霞は支部ということですか。

「「地域で共に生きるナノ朝霞」は任意団体で、朝霞でもピアカウンセリングをやろうとして設立しました。高次脳機能障害者とその家族がメンバーで、須貝孝が代表を務めています」

脳卒中(脳梗塞・くも膜下出血・脳出血)とか感染症、頭部外傷事故によって脳に障害を負った後起きる後遺症

―あらためて高次脳機能障害とはどのような障害ですか。
「脳卒中(脳梗塞・くも膜下出血・脳出血)とか感染症、頭部外傷事故によって脳に障害を負った後起きる後遺症、障害です」

―症状は。

「日常生活でいろいろな困難が起きます。ただ、外見上わかりにくいために誤解されやすく、また本人も自覚していないことがあります。

記憶障害:新しいことが覚えられず、少し前の出来事もすぐ忘れてしまう。今、食べたものを忘れる。ご飯を食べたこと自体を忘れる。道を覚えていないから、外出すると迷ってしまう。

注意障害:いっぺんに2つのことができない。気が散って物事に集中できない。

社会的行動障害:感情や欲求のコントロールができなくなり、手が出てしまう、セクハラをしてしまう。

失語症:話す、書く、聞くといった言葉による意思疎通が難しくなる。身体障害に区分される。

遂行機能障害:段取りをとった順序立てた行動ができなくなり、行き当たりばったりの行動をしてしまう」

―脳卒中の患者でも、すべての人が高次脳機能障害になるわけではないわけですね。

「脳のどこにダメージを受けるかによります。前の方(前頭葉)をやられると、感情の抑制ができないとか社会的行動障害につながることが多い。特にくも膜下出血は、今は病気自体はかなり回復するのですが、脳に全体的に圧力がかかっているので、前頭葉が傷つき何かしら障害が残る人が多い。しかし見た目ではわからない。見えない障害です」

表向きは認知症と同じ

―症状は認知症と似ていますね。

「失語症以外は認知症と共通です。表向きは認知症と同じ。認知症は、アルツハイマー病のような何らかの理由で脳の細胞が変性してしまい認知度が低下する病気ですが、状況としては同じ。あえて言えば認知症は進行性で、高次脳機能障害は治る認知症といえます」

―高次脳機能障害に対する支援の枠組みはどうなっているのですか。

「認知症は介護保険制度における施策がいろいろ出て、支援策が強化されようとしています。これに対し高次脳機能障害は障害者福祉の施策となるのですが、縦割りの中ですっぽりもれているのが実情です。

たとえば認知症に関しては、平成27年度から医師などからなる認知症初期集中支援チームを作り、認知症地域支援推進員を配置する、というように早期に診断し多機関が連携して支援ができる体制が整いつつあります。同じような仕組みは県単位では高次脳機能障害にもあるのですが、市町村が誤解をして施策がうまく機能していません」

介護保険の対象から漏れた部分は精神障害と診断を受けて福祉で支援

―認知症と高次脳機能障害の制度が分かれたのはどうしてですか。

「そもそも以前は認知機能に障害のある方は、知的障害として支援するしか枠組みがありませんでした。IQの高い子や19歳以降の中途障害は支援から漏れていたのです。その後、知能の高い子は精神障害の枠組み(発達障害)で支援する、19歳以降は老人福祉法、介護保険法で支援する枠組みが作られました。本来、介護保険では、高次脳機能障害を含め認知機能に障害のある人を支援の対象にしてはいる。しかし、担当者が高次脳機能障害を知らないのですっぽりと漏れている。

介護保険の対象から漏れた部分は精神障害と診断を受けて福祉で支援をすることになります。結果として介護保険の方は認知症支援、福祉の方は高次脳機能障害支援ということで、制度設計がされています」

担当部署の人も高次脳機能障害の認知度が低い

―しかし、実際は支援がうまく機能していないわけですか。

「残念ながら市町村に下りてきた時に、制度の趣旨がちゃんと伝わっていないのが現状です。市町村の介護保険担当の方は、認知症しかイメージしていないので、高次脳機能障害は対象になりません。福祉の方でも、高次脳機能障害の支援策を特に用意していない。障害福祉の担当部署の人も高次脳機能障害の認知度が低い。行政の担当者も支援する人たちも誤解しているため、介護保険からも漏れ、福祉からも漏れ、イソップ物語のコウモリのようにどこにも属することもできない状態になっているのが現状かと」

精神科の先生が高次脳機能障害を認知していない

―医師の診断はなされるわけですね。

「まず精神科の先生が高次脳機能障害を認知しておらず、診断がされないことが多いのです。平成11年の精神保健福祉法の改正で高次脳機能障害も精神障害に含まれることになっています。しかし、実際はそう対応がなされていない。ある方は川越市内の精神科をあちこち回ったが診断してもらえなかった。性格でしょうとか、助かったのならそれでよかったでしょうとか」

―医療でも正しく認識されていないということですか。

「全然認知されていません。一般の精神科ではほとんど見てくれていない。精神科ではなく脳外科でしょうと言われることもあります」

―専門病院はないのですか。

「埼玉県では県立障害者リハビリテーションセンター(上尾市)が拠点。国では国立障害者リハビリテーションセンター(所沢市)が拠点。そこにつながれば診断してもらえます」

全国に50万人いるだろう

―患者数はどのくらいいるのですか。

「少し古いデータですが、東京都の2000年の調査では全国に50万人いるだろうと。朝霞市で把握している高次脳機能障害は36人です」

―患者の人は入院しているのですか。

「入院はそんなにいません。『奇妙な健常者』として生活しているのでは。性格が変というレッテルを貼られて」

―治すには。

「医療的リハビリだけでなく、福祉のリハビリも有効と、国は示してはいます」

―どういうリハビリが。

「たとえば、手段としてはメモリーノートという、ノートをつける訓練もあります」

埋もれている患者

―埋もれている患者が相当いそうですね。

「新潟県の糸井川保健所の調査では、脳卒中経験者で高次脳機能障害が疑われる21人のうち20人が診断されないまま。早期発見の啓発活動を行った青梅市の場合、平成27年に27人把握していたのが、3年後には79人に増加しました。施策があれば浮かび上がります」

―一般向けの啓蒙が必要ですね。

「ナノのピアカウンセリングは、当事者、家族が集まり、いろいろな悩みを聞く場ですが、支援者、行政関係者も参加してもらい、この病気について理解を深めてもらう努力をしています」

―発達障害も以前は理解されていませんでした。

「発達障害も認知されていませんでしたが、平成22年に障害者自立支援法のつなぎ法が成立し、発達障害は精神障害の一部と明示されました。その際同時に高次脳機能障害も加えられているのです。発達障害の場合、その後、細かく施策が打ち出されましたが。残念ながら高次脳機能障害はまだ不十分です」

意識も変わり始めている

―世の中は変わりますか。

「現状、制度はあるが、制度を運用すべき人たちが十分認知をしていません。国も最近そのことを理解し始めています。市町村でも取り組んでくれるところも増えてきており、皆さんの意識も変わり始めていると感じます」

                 (取材2020年3月)

 

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